どこへ分けていいかわからない

他人のおにぎり問題、私のいちご大福問題。

アエラのバックナンバーを見ていて
「他人のおにぎり問題」
というのがあることを知りました。

簡単に言うと、コンビニや外食はいいのだけど、
他人の握ったおにぎりとか
手料理とか・・ちょっとダメ、
みたいなことを感じる人がいる、という問題。
「他人のおにぎり」と検索すると
山ほどヒットします。

身近でありながら深遠なような
どうでもよさそうな
でもわりと気になる問題ですね。

このわたくしの手料理を食べられないとか!
ぶっ飛ばしたくなる!!というのも含め、
このおにぎり問題に
共感できる部分は少ないのですが、

人が当たり前に思うことを
当たり前に受け入れられない違和感のような
こういう種類の苦しみがあるということは
理解できます。

私はおにぎりは大丈夫だけど、
どうしても信用できない文脈やキーワード
即座に怒りが沸点に達する物事の流れがある。

人と人とは魂のふれあいの関係だと思うけど
時間も空間も飛び越えてそれは可能だと思うけど
そのさわり方は絶対NGという
偏屈な流儀が密かにあったりする。

苦手なことというのはそれぞれにあるもんです。
たぶんね?

とにかく、この問題を知って、
私はイチゴ大福をつつんだら
新鮮なうちに身近なだれかにすすめる癖があるので、
あんな、あんこも衣も素手で丸めるような
野蛮な食品は気軽に人にすすめないようにしようと
固く心に誓ったのでした。

手作り大福安上がりだし大量にできるし
すご~くおいしいんだよ!

食べない?

そんなに嫌がらなくても。